私は、生まれる前からマルチ2世だった。

母がマルチ商法に関わり始めたのは、私が生まれるよりも前のことだ。そして私が14歳のとき、家計は本格的に困窮し、母は大手マルチ企業への関与をさらに深めていった。

「家族のために」という言葉の重さ

母は、マルチ商法への参加を私に強く求めた。断ろうとすると返ってくるのは「家族のために何もしてくれない」という言葉。この言葉は、いつしか拭いがたい罪悪感として私の中に根を張っていった。宗教的虐待という概念を通して振り返ると、この構造の輪郭がより明確に見えてくる。

隠しながら生きるということ

学校での日常生活は、母の行動が周囲に知られないよう気を配ることの連続だった。偏見を避けるために自分の家庭環境を隠す「パッシング」を、当たり前のように実践していた。

数字が語る現実

後になって明らかになったのは、月30万円という世帯収入のうち、奨学金の15万円を含む大部分が、マルチ関連のローン返済と商品購入に充てられていたという事実だった。

自分の物語として引き受けるまで

2022年、宗教2世問題がメディアで大きく報じられたことをきっかけに、私は自分自身が「マルチ2世」という当事者であることを、初めてはっきりと自覚した。今、この経験を卒業論文の研究テーマとして向き合っている。

この記事が問いかけるもの

マルチ商法の被害は、勧誘された本人だけの問題ではない。その子どもたちが、声にできないまま抱え続けている被害がある。この特集記事は、「マルチ2世」という当事者性を、個人の体験から社会的な議論の対象へと引き上げるための、一つの試みである。


この記事は当会発起人自身の経験でもあります。同じように「親がマルチ会員」という状況で育ち、言葉にできない違和感を抱えている方は、まずは当会の相談窓口(親族向けLINEオープンチャット)にご相談ください。

← 記事一覧に戻る