生まれる前から、その団体の一員だった。

1930年代に創立された在家仏教系の団体に、母もその母も属していた。モリさん(仮名)にとって、それは選んだ信仰ではなく、物心つく前から当たり前にそこにあるものだった。土日ごとの法要や集会。子どもの頃は「正座しているふりをしながら、裏では足を崩している」ような、儀礼への半端な距離感で過ごしていた。

お金への違和感

高校生になり、教義そのものへの興味が芽生えた時期もあった。しかしそれ以上に大きくなっていったのは、「なぜこれほどお金がかかるのか」という素朴な疑問だった。供養や霊祓いのたびに、数百円から時には万単位のお金が動く。信仰と対価が分かちがたく結びついている構造に、少しずつ息苦しさを感じるようになっていった。

母との衝突、そして距離

30歳を目前にした頃、母との間で決定的な衝突が起きた。何を話しても「教えが、教えが」と返される会話に、積み重なった怒りを手紙にまとめて送った。

経済的に親の力を借りずに生活できるようになったこと、そしてインターネットを通じて自分の育った環境を外側から見られるようになったこと。この二つが、距離を置く決定的なきっかけになった。

一番嫌だったこと

数ある違和感の中でも、モリさんが最も強く語ったのは「名前」のことだった。団体から勧められた名前を、当たり前のように受け入れて育ったこと。信仰の是非よりも、自分のアイデンティティの根幹に関わる部分に団体の影響が及んでいたという事実こそが、何よりも拭いがたい違和感として残っている。


宗教2世・3世の抱える課題は、マルチ商法における「マルチ2世」の課題と重なる部分が多くあります。「信仰」や「ビジネス」という言葉に置き換わっても、親の没入によって子どもが経済的・心理的な負担を強いられる構造は同じです。当会では、こうした隣接領域の声にも耳を傾けています。

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